代表あいさつ
東京起業ステーション 代表
社会起業家 坂口 光博
経歴
はじめまして、東京起業ステーション代表の坂口光博です。
私はかつて「このままでいいのかな」と将来への不安を抱える会社員の一人でした。会社員として数年働き、忙しくなる日々、上がらない給料に疑問を感じていました。
2024年の能登半島地震は、私にとって大きな転機になりました。当たり前の日常が一瞬で変わることを目の当たりにし、「今、本気で人生に向き合おう」と決意しました。
会社員を続けながらできることから始める中で、同じ悩みを持つ人が多いことに気づき、「東京起業ステーション」を立ち上げました。20代・30代を中心に、副業や起業に関心を持つ仲間が毎週集まり、学び合っています。
おかげさまで300名を超える方にご参加いただけるまでになりました。一歩を踏み出したいすべての方の背中を押せる場所を、これからも作っていきます。
「震度7、すべてが変わった」
2024年1月1日、家族団欒を楽しんでいる中、震度7を輪島市が襲いました。今にも家が倒壊しそうで、家族全員の命がなくなったとさえ思いました。
なんとか家は耐えてくれ、家族全員で家を抜け出すことができました。
1月1日当日は大きな余震が30分に1回は起き、その度に緊急地震速報がなり、大の大人でさえ恐怖のあまり涙を流すほどでした。私たちはビニールハウスで避難生活を送っておりました。
避難生活3日目、私は年始あけからの仕事が関東であったために、避難生活していた輪島を離れ関東に戻りました。
震災前の自宅
「大切な時に家族から離れたくない」
年始からの仕事も落ち着き、ふと避難生活、家族や地元のことを考えました。
・いくら仕事のためとはいえ、大切な家族を残したままでいいのか?
・いくら生活のためとはいえ、また同じようなことがあった時に、大切な家族を置いていかなければいけないのか?
そう思ったときに「もう二度と仕事やお金を理由で大切な家族から離れたくない!」と強く思いました。
2024年1月1日16時15分に撮影した写真
※地震発生1月1日16時10分
震災後の自宅
「会社員の限界」
一つの原因として、会社員で
あること、そこに限界を感じた時でした。
なにか会社員以外の道はないか、お金だけでなく、地元貢献もしたい。
そう思うようになり、そこからたくさんの行動にうつしてきました。その中で気づいたのは、 ビジネスの力で社会問題を解決できるということ。
「稼ぐこと」と「社会に貢献すること」は矛盾しない。 その信念のもと、会社員として働きながら副業・起業の 第一歩を踏み出しました。
「一歩を踏み出す勇気」
お金・学歴・コネがなくても、小さな一歩を踏み出す勇気を持つことです。
できないと決めつけているのは自分自身なんです。
人は決めないですから。大切なのは何度倒れてもいい、
そこから倒れても立ち上がることです。私は何回も失敗しています。その度に立ち上がってきたそれだけです。
本当に今のままでいいでしょうか?
もしあなたがチャレンジして、「社会起業家としてのスキル」を身につけることができたら?
一緒に一歩を踏み出しましょう。縁があり、皆様と各勉強会で学び合えることを楽しみにしております。